|なぜ“豊かさ”について考えたのか
おはようございます、杉です。
今日は学生時代に訪れたフィリピン・ボホール島の小さな村「ギンスララン村」での体験をお話しします。
この経験は、
「豊かさとは何か?」を根本から考え直すきっかけになりました。
・経済的に豊か=幸せなのか?
・便利な暮らし=満たされるのか?
そんな疑問を持っている人にこそ、読んでほしい内容です。
フィリピン・ギンスララン村とは?【観光地ではないリアルな暮らし】
フィリピンのボホール島にあるギンスララン村は、
観光客がほとんど訪れない小さな集落です。
海と山に囲まれた自然豊かな場所で、人々は
- 漁業
- 農業(米や芋)
- 建築・土木
などを組み合わせながら生活しています。
いわゆる“発展した地域”ではありません。
実際の暮らしはこんな感じです。
- トイレの水は流れない
- シャワーは水のみ
- 冷蔵庫がほぼない
- Wi-Fiは「5ペソ払うスポット」だけ
日本の生活と比べると、かなり不便です。
ホームステイで感じた「生きる力」の違い
僕は現地の家庭にホームステイしました。
- お父さん:建築系の仕事
- お母さん:専業主婦
- 子ども3人(1人は海外出稼ぎ)
印象的だったのは、
生活のほとんどを“自分たちで作っている”ことです。
- 鶏や豚を育てて、自分たちで捌く
- 竹で家を建てる
- 食べ物を自給する
つまり、「生きる力」が圧倒的に高い。
正直に言うと、僕は思いました。
「自分、ここで何もできない…」
衝撃だった“当たり前のシェア文化”
この村で一番驚いたのは、
**「持っているものを自然に分け合う文化」**でした。
例えば、こんな出来事があります。
■ ボールを奪って始まるバスケ

村にはバスケットコートが1つだけ。
でもボールを持っている人は少ない。
どうするかというと…
シュート練習している人からボールを借りる(ほぼ奪う)→そのまま試合開始(笑)
そして、その持ち主も普通に一緒にプレーする。
日本では考えられない光景ですよね。
■ 食べ物は“みんなで食べるもの”
- 作物が取れたら近所でシェア
- 肉もみんなで分ける
- しょっちゅうバーベキュー
保存が難しいという背景もありますが、
それ以上に
「一緒に食べるのが当たり前」
という文化が根付いていました。
なぜこんなに笑っているのか?
不思議だったのは、ここです。
これだけ不便なのに、
とにかくみんなよく笑う。

子どもも、大人も、いつも楽しそう。
その光景を見て、ふと思いました。
「日本の方が圧倒的に豊かなはずなのに、こんなに笑っているだろうか?」
日本との違い|便利さの裏で失ったもの
日本はとても便利です。
- トイレは自動で流れる
- 冷蔵庫がある
- Wi-Fiも当たり前
でもその一方で、
- 近所付き合いが薄い
- 助け合いが減っている
- 忙しくて余裕がない
そんな現実もあります。
ギンスララン村と比べたときに感じたのは、
**「経済成長と引き換えに、失っているものがある」**ということです。
学んだこと|豊かさは“バランス”で決まる
この体験を通して強く感じたのは、
■ 経済成長だけが正解ではない
もちろんお金は大事です。
でも、それだけを追い求めると
- 人とのつながり
- 助け合い
- 心の余裕
が失われていく可能性があります。
■ 食とコミュニティが人生の土台
特に印象に残ったのはこの2つです。
- 自分たちで食べ物を作る力
- 困ったときに支え合える人間関係
これはどんな時代でも強い。
これからの生き方|僕が目指したい暮らし
この経験から、僕はこう考えるようになりました。
- 地方で暮らす
- 作物を育てる
- 地域で助け合う
そして、
経済性とコミュニティのバランスを大切にする生き方
を目指したいと思っています。
まとめ|「本当の豊かさ」とは何か
ギンスララン村で学んだことはシンプルです。
✔ 豊かさ=お金や便利さだけではない
✔ 人とのつながりが幸福度を大きく左右する
✔ 分け合う文化が心の余裕を生む
もし今、
- 忙しすぎて余裕がない
- もっと稼がなきゃと焦っている
- なんとなく満たされない
そんな感覚がある人は、一度立ち止まって
「自分にとっての豊かさ」を考えてみてください。
